ハリーの母リリー・ポッター。
物語をもはや動かしてる存在?黒幕か?なんて思っていました。
そして、優しくて、正義感が強くて、ちょっぴり勝気な「素晴らしい」女の子だと思っていました。
でもふと気づきます。
物語の中にでてくるリリーは、ほぼ「誰か」の回想です。
思い出話だったり、手紙だったり、記憶だったりしますが、それは全てリリーと関わった「誰か」の目を通して語られたもので、私たちはその断片をつなぎ合わせて「リリー」の姿を見つけてきました。
それなのになぜ、こんなにも知っている気持ちになるのでしょうか。
私なんて、アイコンのイメージは「リリー」ですよ。笑
この記事では、知らないはずなのに、なぜか知っている気がする、そんなふうにリリーを感じる理由を考えてみます。
知らないのによく知ってる?リリー・ポッターの存在感
リリーは、本編にほとんど登場しません。
もちろん、ハリーが初めてヴォルデモートと対峙した時のリリーの叫びは、何度も印象的に繰り返されます。
そのせいで、なんだかたくさん登場している気もしますが。
でも。
私たちの心にいるのは、このときの「ハリーを守った強いリリー」だけではないはずです。
可憐な笑顔。
正義感が強く、弱いものいじめが嫌い。
でもちょっと負けん気の強さみたいなものもある。
‥
さて、不思議です。
なぜ私たちは知っているんでしょうか。知っているというか、「こういう人だった」と感じていると言った方がいいかもしれません。
輪郭はおぼろげだけど、はっきりとその存在を感じることができている。
それはちょっと変わったリリーの描かれ方にあるように思います。
登場人物の記憶を通して描かれるリリー・ポッター

リリーの存在は、いつも誰かの目を通して語られます。
登場人物の言葉で、先生として、友人として出会った「リリー」がハリーに語られます。
「リリーはこう思った‥」みたいな文章もありません。
でも、「誰か」の心の中に確実に「存在している」。
むしろ、思い出になりきっていない、「想い」の状態で登場人物の中に「生きている」と言ってもいいような。
そんな不思議な描かれ方をするのがリリーです。
思い出の持ち主を通して立体化されるリリー
しかも、彼らはたくさんの思い出の中の断片しか教えてくれません。
それをつなぎ合わせただけなのに、なぜかすごく知っているような気がしてしまう。
それは多分、思い出の語り手をよく知っているからなんだと思います。
リリーを語るスネイプを私たちは知っています。
意地悪に生きてきて、とてもいいやつとは言えないけれど、とてもまっすぐで勇敢だった彼を。
かっこよくて、自由できままなシリウスを。
生真面目なルーピンを。
愛に焦がれ続けたダンブルドアを知っています。
彼らの人生や、抱えてきた傷や痛みを知っている。
だからこそ、彼らがリリーのどんなところを、どんなふうに語るのか。
語られた内容以上に、誰がどこを選んで切り取ったのかが、そのままリリーの姿を形作っていくようなそんな気がします。
リリーを愛した人たちをよく知っているから、その人の心の中にいるリリーもまた立体的に見える‥という不思議な構造。
なんだか完璧な存在に見えるのも、そのせいなのかもしれません。
リリー自身は何を思い、何を成そうとしていたのか。
その時何を瞳に映したのか、わからない。
でも、リリーを愛した人たちの目には、まるで太陽のように映った。
可愛らしくて、聡明で、才能がある?
でもそれは、物語の中の誰かの言ったこと。
色眼鏡のかかったリリーです。
ハリーが見つけた彼女の手紙すら、私たちはハリーの目を通して「ハリーの母親」の姿として見ています。
だから、浮かび上がったリリーの姿はよく分かるようで、どこかつかみどころがない。
それは、思い出の持ち主がそれぞれのフィルターを通してリリーを見ていて、それぞれが生きる日々の中でリリーの思い出もまた、少しずつ姿や意味を変えつつあるからではないでしょうか。
そして思い出の中にいるからこそ、リリーの輝きは一層増すのかもしれません。
大人になって大切なものを失うこと
それとはあまりにも対照的に描かれるのが「生きている」側の人間です。
リリーと一緒に亡くなってしまった、ハリーの父ジェームズ。
彼もリリーと同じくらい「素晴らしく気のいいやつ」として語られます。
家に問題があったシリウスや、自分自身が大きな問題を抱えていたルーピンにとって、ジェームズの明るさやかっこよさは支えというより、救いだった。
もちろんリリーも。
スネイプは、どれほど突き放されてもその思いは微塵も揺らがなかった。
そんな二人に支えられてきた周りが、どれほど悲しみに打ちひしがれたのか。
私がハリー・ポッターを読んでいたのは、思いっきり子どもですから、大人の悲しみというのはよくわかりませんでした。
ハリーが両親を失ったことで、不遇を味わなければならないことは、わかった。でも、大人は誰かがいなくなってしまっても、強く生きていけるものなんだと勝手に思っていました。
でも、本当はそうでもない。
「なぜ彼なのか。彼女なのか。なぜ私ではなく」
救われて、ようやく光のある場所で生きていけそうな気がして、大切なものが見つかった気がして。守りたいと思って。
そして失ってしまった。それでもまだ自分は醜く生きている。
世界は平和になったのに。世界は悪から救われたのに。
こんなにも自分だけが救われない。
死んだ人は決して戻らない、ハリーポッターの物語が超えない一線

強い悲しみをそれぞれの心に残すほど、かえがえのない存在だったリリーやジェームズ。
特にリリーはハリーを守り、ハリーを守ったことで、スネイプの心を動かし、スラグホーン先生の心を開かせることができ、魔法界そのものを「救った」。
リリーを語る人は、みな口を揃えて、素晴らしい人だったと話します。
だから私たちも、なんだかリリーをよく知った気になって、そうかリリーはすごい人だったんだな、たくさんの人に影響を与えて。となんだか知ったふうになっている。
でも。
世界を救ったのは、リリーそのものだったのでしょうか。
リリーはハリーに護りを残しました。
その愛の深さと美しさに、ダンブルドアは心を奪われた。
リリーの愛はダンブルドアの心を動かしたかもしれません。
でも、ハリーを愛したダンブルドアは、自分でその行き先を決めました。
スネイプもリリーへの想いだけで、ハリーを守った。
リリーのために、がなければ世界は消えてたでしょう。
でも、ハリーを守ることを誓ったのは、スネイプ自身です。
スラグホーンの心をこじ開けたのは、リリーの思い出でしたが、それはあくまで彼自身の中から湧き上がった勇気であって、リリーが仕向けたわけではありません。
実際に杖を取り、前へと一歩足を踏み出したのは、今を生きる彼ら自身です。
ハリー・ポッターの世界は、魔法というどっぷりファンタジーに見えるのに、この「生と死」の境界線を決して超えることはありません。
もちろん「ゴースト」という姿はありますが。
「行ってしまった人」たちは、決して戻ってこない。
写真の中で、手を振り笑いかけてきたとしても。
肖像画がまるで本人であるかのように、話をしたとしても。それは記憶であって、「その人そのもの」ではありません。
もっというと、その時のその人なんですよね。
生きている人間の時間は前に進んでいく。でも死んでしまった写真の中の笑顔は永遠に止まったままです。
残された人間は、失った痛みを引きずりながら生きていかなければならない。
でも。
強く強く心に刻んだ、大切な人の記憶は、今を生きる自分と一緒に時を進めることができる。
それは心の中に根を張り、いつか、自分の思いなのか、その人の思いなのかすらわからなくなるほどに、自分自身として前へ進む力になる。
だから前を向いて、今を生きなさい。
リリーを通して、物語がそう語りかけているようにも思えます。
みぞの鏡

夢に囚われて、生きることを忘れてはならない
「賢者の石」に登場する大きな古い鏡には、鏡をのぞいた人の持つ「強いのぞみ」が映ります。
ハリーが鏡の中に見たのは、失った幸せな家族の姿でした。
でも彼らは決して、帰ってこない。
大切な人たちの面影を握りしめて、今を生きなければならない。
ダンブルドアが、ハリーを諭したように見えたあのシーン。
本当は強く、自分自身への戒めを気持ちを込めた、あのシーンは、大人になってもう一度読み返すと、心の別の場所を強く揺さぶるような気がします。
まとめ
失った二人の形のまま、ぽっかり心に空いた穴。
ジェームズの開けた穴は、最後まで「誰か」では埋まらなかった。
リリーがいなくなった穴を、スネイプはリリーへの愛そのもので埋めきった。
いなくなってしまった愛する人の形は、あまりにも美しく、辛く、苦しい。
思えば思うほどに、鋭く、美しさを増していく、それが、誰かを失うということなのかもしれません。
それでも、生きている限り、前を向いて生きていかなければいけない。
失った人の面影を、もう本当の姿かどうかすらわからない思い出を、握りしめて。
そんなとき、写真の中で笑うリリーは、手紙の中で微笑むリリーは、優しい「愛の文字」は、そっと背中を押してくれる。
愛する人が死んだ時、その人は永遠にに我々の側を離れると思うかね?
この問いかけは、答えのないまま終わっています。
そして、問いかけ自体もまるでぼんやりとしていて、ごくごく当たり前の使い古された言葉ですよね。
ハリーもなんだか受け入れ難そうな顔をしている。
でも。
物語の人物たちは、自身の生き方で見せてくれたのではないでしょうか。
失った事実をどう受け入れて、どう生きるのか。
登場人物一人一人の答えの中に、リリーがいる。
強く生きる中に、リリーがそっと笑っている。
だからこそ私たちは、こんなにもリリーをよく知っていて、心を奪われずにいられないのかもしれません。

