当ブログの案内人ririとハリーポッターの関係、そしてこのブログ「Harry’s Broom」についてまとめます。
ハリーポッターの「世界」が好き
先日こんな質問をされました。
どのキャラクターが好きですか?
そう聞かれて、「おお?」となりました。
そうか、多くの人が「推しキャラ」がいて、関連するグッズを集めたり、役者さんが来日するとあれば会いに行ったりするわけで。
そう考えると私には、このキャラクターが好き!みたいなのがないな…と。
あえて言うなら…

J.K.ローリング?
みたいな。笑
改めてそう考えてみて気づいたのが、私はこの「ハリーポッターの世界」が好きだということ。
それぞれのキャラクターたちが生きてきた時間や、それが交錯することで生まれる物語。
理不尽とつまずきだらけの物語を、それでもあえて「愛と勇気」で丸ごと包んでしまおうとする作者が好きです。
そこには、どれだけ悲しい世の中であっても、最後はそうであって欲しい、そんな祈りと確信があるように思います。
なので、このブログは映画も原作もグッズも体験も、全部まぜこぜ運用です。笑
案内人ririとハリーポッター
30代も半ばになりましたが、ハリーポッターシリーズが大好きです。
初めて出会ったのは、中学生の頃。
そこから毎年発売されていくのをリアルタイムで追いかけた世代。
新刊の発売が待ちきれなかったのを今でもはっきりと覚えています。
寂しさや虚しさを埋めてくれたハリーポッター
ただ、ワクワクだけではなかったように思います。
学校から帰ってきた後や休みの日にひたすらハリーポッターのページをめくる。
その瞬間だけ、ハリーに起きた魔法のような新しい展開がきっと起こるはず・・と信じられた気がします。
大人になってからハリーポッターについて、「はみ出したものたちが活躍する」物語だと語られているのを聞いて納得が行きました。
スーパーヒーローではない、ハリーやハリーを取り巻く友人や大人たち。
それぞれがキレイに生きられなくて、不器用で、カッコ悪くて。
でも、その凸凹があるからこそ、物語が前に進んでいく。
そんな不器用な登場人物たちの姿に自分を重ねていたのかもしれません。
そこからしばらく仕事やら何やらで、ハリーポッターの世界そのものを忘れていました。
もしかしたら、苦い記憶が染み付いた物語をどこか遠くへ追いやっておきたかったのかもしれません。
ファンタスティックビーストで再びハリーの世界へ
2016年の「ファンタスティックビースト」の公開で、もう一度ハリーポッターの世界へ足を踏み入れました。
自分の手元に少しずつ、ハリーポッターの本を集め始めます。
大人になってから読むと、こんな表現だった?と改めて思うことがたくさん。
むしろ、小さい頃には見えていなかったものが見えてくる。
その奥の深さと緻密さに気付かされ、ますますその世界にハマっていきました。
世界が一層深まったのは「英語」で読み始めたこと。
英語で読み始める
大人になってからハリーポッターを読んでいて、ふと、原書ではなんと言っているんだろう?と思いました。
高校生くらいの時に、一度英語版に挑戦したことがあるのですが、その時は背伸びをして「炎のゴブレット」を買ってしまい、速攻挫折しました。
そんな反省を生かして、今度は「賢者の石」から。
最初は全然進みませんでした。
が、だんだんだんだん早くなっていき、5巻に突入しました。
難易度・・とか気になりますが、そもそも本国イギリスで読んでいるのは私より圧倒的に小さな子供たち!
日本で小説読む時だって、小さい頃には何を言っているかよく分からないことや、難しい言い回しに出会うことだってある。
特に物語に関しては、難易度とか気にしていちゃもったいないんじゃないか・・、と自分を説得しました。
本当の言葉で読めるのはもちろんですが、英語なので1ページ、1文にかかる時間が結構なことになります。
ゆっくりゆっくり楽しめる。
日本語では読み飛ばしたりしてしまう細かい部分まで、丁寧に時間をかけて読むことができるという特別すぎる「おまけ」を楽しんでいます。
ブログについて
このブログはハリーポッターの読み方や見方をお伝えするものですが、根っこにあるのは「もう一度、あの世界へ戻りたい」という熱くて、冷たくて、ちょっと苦い気持ちです。
大人が「もう一度ハリーの世界へ戻る」ための入り口
大人になると、ファンタジーから離れてしまうのはなぜでしょう。
2026年冬のドラマ「ラムネモンキー」で、その答えを見た気がしました。
当時、中学生だった主人公たちのセリフの中に、昨日まで映画や漫画をかっこいい、って言ってたのに、急に「まだそんなことやってんの、ださ」と言うなんて。
みたいな話があって。
もしかすると、ファンタジーの世界から離れたり、小説を手放してしまうのは、無意識に「大人にならなければ」と強く思ってしまったからかもしれません。
「まだそんな夢みたいなこと言ってるの?」と誰よりも自分が自分に対して思っていた。
さらにいうと、ハリーポッターは本屋さんの「児童書」のコーナーにありました。
カッコつけたい厨二病には、ちょっときつい。笑
思えばあの時期、本当に好きだったものを、よくわからないカッコつけでたくさん手放して、それでも手放せないハリーポッターをこっそり完結まで追いかけたんだと思います。
そして、完結してしまったから、また遠ざかってしまった。
ハリーポッターは、ファンタジー小説として「子供の頃の記憶」に箱詰めされてしまいました。
大人になった今だからこそ、見える物語の深さ
実は、ハリーポッターは児童書じゃありません。
いえ、日本では思いっきり児童書の棚ですが、作者本人はこう語っています。
「子供向けの本を書いたつもりはない、自分が楽しめるものを書いた」と。
たとえばナルニア国物語とか、オズの魔法使い。
今読むと、小さな子どもの想像力を壊さないように、ゆっくり着いてこれるような作りになっているのがよく分かります。
お話自体は、大人になっても面白いですが、やっぱり中心にあるのは小さな子どもなのかな、と思ってしまいました。
一方、ハリーポッターは。
実は、魔法というヴェールで包まれているだけで、差別や偏見があったり、ゴシップに簡単に振り回されたり、権力にすがったり、相手を恐れたり。
そんな「人間臭い」お話です。
作者自身も本の虫ですから、ハリーポッターにはただの空想ではない、たくさんの歴史の積み重ねや神話、伝承が含まれています。
まるで現実と地続きのような世界が作られているのが、ハリーポッターの「魔法の世界」です。
だから、今日という現実まみれの日からでも、ちゃんと歩いていけるんです。
壁1つ、ほんの1つ向こう側に、自分でしまい込んでしまった「大切な世界」がある。
忘れたつもりになってかっこつけて、でもまだ忘れていない。
金曜ロードショーのたびに、心が疼く。
ドラマ化だの、スタジオツアーだのと騒いでいるのを見ると、足元がざわざわする。
…
ここらで「大人ってそんなできたもんじゃないな」と、諦めて、素直に飛び込んでみませんか?
私はその入り口を作りたいと思っています。
なぜなら‥
できることが増えすぎて、どこから始めていいか迷子になる
イギリスで賢者の石が出版されたのが1997年6月。
長い年月のうちに、枝分かれを続け、増えに増えたコンテンツのせいで、どこから初めていいのかわからず、迷子になる、というのが今のハリーポッターです。笑
私自身、もう一度ハリーポッターの本を買おうとAmazonを探してびっくりしました。
ハリーポッターの本が多すぎる
第一に、ハリーポッターの本が多すぎるんです。
ハリーポッターの本を、大人になってから自分の手元にも置いておきたいと思い、ネットや書店を覗きました。
ハリーポッターだけでも、文庫版が2種類、ハードカバーが2種類の計4種類発売されている。
厳密には、文庫版もちょっと新しいものに変わったりとか、とにかく「混在」している。
しかも、Amazonにも常に在庫があるものとないものがあったり。
さらに、ハリーポッター全7作品だけでなく、ファンタスティック・ビーストや「呪いの子」と、もはやてんやわんや状態。
映画もあるし、本もあるし・・え?舞台も??
これじゃあ読んでみよう、見てみようと思っても、「めんどくさい」ってなりそう。
そう思って記事にまとめて公開したのが始まりです。
実は本の読み方も、紙だけじゃなくて、電子書籍で読む方法があったり。
オーディオブックという方法があったりと、読み方・始め方にも色々な選択肢があることに気づきました。
選択肢が多いのは嬉しいことではありますが、どこで始めていいのか分からなくなる要因にもなりかねない。
とにかく、ハリーポッターの作品に触れるための方法をいろんな角度から伝えることで、一番良い始め方をしてほしい。
入り口を見失わないでほしい、と思いを込めています。
子供の頃に読んだ人が知らないことがたくさんある
じつは、子供の頃に読んだ人も知らないことがあったり。
私自身、ハリーポッターの続編に「呪いの子」があることは知っていて本で読みました。
が・・
関連した作品があることを本当に知らなかった。
ハリーたちが使った教科書であり、ファンタビの主人公「ニュート」が執筆した「幻の動物とその生息地」。
ハリーポッターの本編にも登場する、魔法界の童話「吟遊詩人ビードルの物語」。
それ以外にも、「エッセイ集」なる電子書籍のみの発刊のものまで。
この「エッセイ集」が曲者で。
本当にこの本に出会えたことが、ブログ始めて一番よかったことなんじゃないかと思うくらいの衝撃でした。
ハリーやロン・ハーマイオニーの目線からしか見えていなかった物語が、もうひとつ・もう二つと新しい視点を与えられてしまいます。
そうやって新しい視点を与えられてしまうと、もう・・本編が涙なしでは読めなくなったり。
あんまり好きじゃなかったキャラクターが、急に愛しくなったり。
そんな風に、大人になってこんなに読み方・印象がガラッと変わるのか・・!と衝撃をくれるハリーポッターの世界。
大人になって、もう一度ハリー・ポッターを開いて
大人になって、もう一度ハリー・ポッターの方を開いたとき、私の心の中に残ったのは、どこかつかみどころのない、ふわふわとした形のない思いでした。
なぜこんなにも心に染みるように痛いのか子供の頃の単純なワクワクやドキドキと違って、何層に積み重なった一人ひとりの人生が何かを強く訴えかけてくるようなそんな気がしました。
物語は直接答えをくれません。どこか遠回りですぐにはわからなくて。
でも、長い人生のどこかで、あの時のあの人はだから、こんなことを言ったのかとか、こんなことを伝えてくれていたのかもしれないなとふと気づくことがある。
即効性能ある薬ではないけれど、人生を寄り添ってくれるそれが物語との出会いなのではないかと思います。
何もかもがスピードを増していくこの時代。
現実の厳しさに根を下ろしながら、それでも愛や勇気希望のような普遍的な何かを信じたい。
普遍的な何かは変わらず、そこにある。
そんなハリー・ポッターの世界にあるふわふわした暖かさと痛い位の冷たさ。
魔法の世界と、マグルの世界を行き来しながら、そこで見つけたものを、そのままの温度で持ち帰る。
それがこのブログのテーマです。
言葉にすることは、ちょっと下世話な気もします。
読めば分かると言いたい気持ちもなくはない。笑
でも、言葉にすることで、あなたと共有できるなら、勇気を持って言葉にしたい。
大切なものを失う悲しみと、それでも前を向いて生きる強さ。
全てを飲み込んで、自分の足で生きていけと背中を叩きながら
それでも心に灯りを灯すことを、物語の全てで教えてくれる。
立ち止まることが難しい今こそ、
この薬箱のような物語が、あなたの人生のお守りになるように。
今日も物語の世界で小さな旅を続けています。
よろしければ、あなたも一緒に、ハリー・ポッターの世界をもう一度旅してみませんか?
ほかでも本や物語について綴っています。
noteはこちら。
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