ハリー・ポッターが子どもだけのファンタジーじゃない理由。
それが、第1巻「賢者の石」、第1章の最後のシーンにあります。
国中の人が、あちこちでこっそりと集まり、杯を挙げ、ヒソヒソ声で、こう言っているのだ。
「生き残った男の子、ハリー・ポッターに乾杯!」
魔法界みんながお祝いに湧くシーンです。
その裏で世界が真っ暗になってしまった、誰かを置きざりにして。
子どもの頃は長くて退屈だったはずの第1章。
今なら、祝福の裏側で大切な人を失った人たちの、鋭い痛みや、声にならない叫びが聞こえてくるかもしれません。
ハリー・ポッターの物語は、間違いなく最初のページから始まっていることを確かめてみませんか?
子どもの頃「賢者の石」の第1章は退屈だった
ハリー・ポッターの第1章を、子どもの頃に読んだ時。
わたしははっきりこう思いました。
「魔法の物語のはずなのに、なんだかつまらない」と。笑
バーノンって誰だよ。
ペチュニア?なんだか嫌な家族だけど、これが主人公なの?
てか穴あけドリルって?ともはや物語に関係ないことまで気になって仕方がない。
だからどこへ焦点を合わせればいいのかわからなくて、この第1章が全く進みませんでした。
まぁ「ファンタジー」に抵抗の出始める中二病真っ盛りでしたからね。
とにかく、このマグルの世界から抜け出せず、2ヶ月3ヶ月電話台の下にそのままになっていました。
もう一度開いて、読み進めると、ようやっと魔法っぽいおじいさんが出てきて、ハリー・ポッターが登場する。
でも、ハリーのお父さんお母さんは死んでしまい、
なんとなんと、ここまで物語が進まなかった最大の要因「ダーズリー家」で暮らさなければならない…!!
マクゴナガル先生のびっくりよりも、読者のビックリの方が大きかったかもしれません。
え、ここで暮らすの?まじか。
わたしの感情移入先は、無事ハリーに決まり、「なんと最悪な日々の始まりじゃん、かわいそう…」と思っていました。
しかもそこからまた、魔法が登場するまでには時間がかかるので、例によってしばらく放置。笑
次に読む頃には忘れかけている。
わたしにとって最初の第1章はそれくらいの印象でした。
物語の始まり。読まなくてもいいところ。笑
ですが。
大人になって読み返してみてると、この第1章にいろんなものが詰まっていることに気づきます。
ハリー・ポッターの物語は大切なものを失うことから始まる
物語全てにわたる謎とか伏線とか、それももちろん素晴らしいんです。
が、それだけではありません。
ヴォルデモートが消えた日は、すべてが救われた日?
この第1章は、ヴォルデモートが消えてしまった日の出来事です。
魔法界に平和が戻った。
みんなが安心して暮らせるようになった。
普段はマグル達から慎重に身を隠している魔法使い達が、浮き足立って、バーノンおじさんにまで姿を見せてしまう。
そんなお祭り騒ぎの1日なのです。
一方で。
ヴォルデモートが消えてしまった日は、ハリーが生き残った日であり、ハリーの両親が死んでしまった日でもあります。
ハリーを崩れた家の中から救い出したハグリッドは、ダンブルドア校長とマクゴナガル先生と合流します。
3人は小さなハリーを見つめて、2人の勇敢な魔法使いの死を悼みます。
物語が始まったばかりの、「喪失」は、読む側の心には深く残りません。
知らない人が、知らない人を思って泣いている。
静かなシーンです。
でも。
世界が光を取り戻した日に真っ暗闇に落ちた人たち
私たちは結末を知っています。
だから、この日、スネイプが、シリウスが、ルーピンが…
それぞれに大切な大切な人を失ったことを知っています。
スネイプはリリーを救えたと思っていた。あの人からうまく隠せたと。
そのために命懸けでダンブルドアに助けを請うたわけです。
でも。
リリーは救われなかった。
リリーは救われなくて。リリーはハリーを救って死んでしまった。
リリーさえ生き残ればいいと思っていたのに、そのリリーが誰かのために命を賭けてしまった。
ジェームズを失ったシリウスとルーピンもそうです。
もしかしたら、原因を作ってしまったピーターも。
真っ黒な家に生まれて、ジェームズと出会って。
自分が面白いと思えるやつに出会えて。
自分を面白いと思ってくれて、好きでいてくれる人に出会えて。
命をかけて守りたいと思っていたのに、間違えてしまった。
間違えてしまって、間違われて。
それなのに、釈明も弁明もしなかった。自分の未来も一緒に放り投げてしまったのかもしれません。
ルーピンなんて、3人いっぺんです。
真実は語られないままだから、誰を信じればいいのかわからない。
大切な居場所が。
自分の秘密を、とんでもない大きな秘密だったものを、ふわふわした「お行儀の悪いうさぎ」に変えてくれた彼らが、いっぺんにどこかへ消えてしまった。
深い悲しみや痛みは、第1巻では描かれることはありません。
シリウスもルーピンも、まだ私たちの世界には登場していませんし、スネイプは絶賛嫌な先生まっしぐらです。
それでも確かに、幸せと祝福に満ちたこの日。
深い深い悲しみの中に堕ちていった人たちがいる。
世界はこんなにも明るいのに。
世界は平和になったのに。
世界は悪から救われたのに。
こんなにも自分だけが救われない。
世界中がハリーを祝福してゴブレットを重ねたその日に、世界が真っ暗になってしまった人たちがいた。
「なぜ自分ではなかったのか」を抱えて生きる人たち
なぜ、彼だったのか。なぜ、彼女だったのか。
言葉にはされないけれど、彼らの生き方を見ていると、こうつぶやく声が聞こえるような気がします。
…自分ではなく。と。
救われて、ようやく光のある場所で生きていけそうな気がして、大切なものが見つかった気がして守りたいと思って。
結果失ってしまった。それでもまだ自分は醜く生きている。
優しく清らかだった彼らに比べて、モヤモヤした汚い気持ちや過去のわだかまりを捨てきれないまま。
こちら側には、完璧じゃない、人間臭い人ばかりが取り残されて、「なぜ自分が生き残ったのか」と思いながら、それでも懸命に生きていこうとする。
第1章は、そんな大人達の物語が始まった日でもあります。
それぞれの生きざま
スネイプはリリーの死を知って、ダンブルドアに「わたしも死にたい」と漏らします。
ダンブルドアは優しい言葉をかけたでしょうか。
読み返してみると、辛辣さに凍ります。
「お前の死が何の役に立つ?」
それでも役目を得て、スネイプの目は静かに輝きを取り戻します。
>>「リリーのために」と生きた彼の愛は、報われない愛だったのでしょうか。
シリウスなんて、釈明も弁明もしない。
自分の中で抱えてしまって、親友を殺したというとんでもない罪を被って。もっと酷いことにハリーのこともほったらかしです。
その瞳に力が戻るまでには時間がかかったけれど、ハリーともう一度出会って、怒ってイラついて、ムシャクシャして。
あまりにも自由にカッコよく消えていった。
一番物分かりの良さそうなルーピン先生ですが、親友を2人死なせてしまい、1人は裏切り者として捕まってしまった。
他の2人は当事者だから、何があったか知っています。
でもルーピンは知らない。
危険と隣り合わせの冒険と幸せに満ちた友情そのものが、真っ赤な嘘だったと思って生きる日々はどんなものだったのか。
彼の胸の内を思うと、苦しくなります。
こうしてみると、失ってしまったものの大きさにどう向き合ったかは、それぞれなのだと気付かされます。
それぞれが、私たちに、「それでも前を向いて生きる」とは何なのかをを身をもって教えてくれているような。
その苦しさや悲しさをに思いを馳せながら、もう一度ページをめくる時、第1章はあの頃とは全く違った物語に思えるはずです。
>>「ハリー・ポッター」の物語が、素直になりたい、でもなれない、そんな大人におすすめの理由をまとめました。
まとめ
ハリー・ポッターをどこか1章だけ読み返すなら、間違いなく「賢者の石」の第1章を薦めます。
もちろん「死の秘宝」の名場面も、「アズカバンの囚人」の叫びの屋敷からの帰り道も捨てがたい。
でも、物語のあれこれ以上に、全てを知った後で読む、第1章は、あまりにも静かで、だからこそその残酷さに胸が詰まります。
第1章のあの日。
魔法界は喜びとお祝いに湧いていました。
「生き残った男の子」。
生き残ったのはハリーだけではなくて。
歓喜の裏側で、生き残って「しまった」大人達の長い長い物語が始まっていた。
そんな物語の断片を、ダンブルドアの火消しライターがまるごと静けさで包み込む。
大人になった今、改めて読み返す第1章は、あの頃より、ずっと苦くて、ずっっと静かに見えるかもしれません。
▪️大人になって読むと全く違う景色が見えてくる「賢者の石」第一章。まずは無料で読んでみませんか?
▪️リリーの存在感の理由は、リリーを語る登場人物たちにありました。
▪️スネイプが大人の心に響く理由を考えてみます。




