ハリー・ポッターに登場する「セブルス・スネイプ」。
「いい人だった」
第8巻「呪いの子」の中で、彼はこう表現されます。
でも、大人になって読み返すと、それだけでは言い表せないように思えてくる…。
分厚すぎる全7巻の作品の中で、ぱっと見、一番よくわからないのがセブルス・スネイプという人かもしれません。
ふっと浮かぶのは「かわいそう」とか、「気の毒」とか、「報われない」とか。
そんな同情とか憐れみではないでしょうか。
でも本当はどうなんでしょう?
繰り返し読んでいるうちに、さらには大人になって読み返すうちに、もっと言うと「呪いの子」での登場を受けて、感じること。
それは、誰よりも、強く静かで、真っ直ぐに生き抜いた人。
もしかするとそれは、あの「ダンブルドア」よりも強く真っ直ぐだったのかもしれません。
この記事では、「セブルス・スネイプ」とは本当はどんな人だったのか、解説します。
そして大人になると、ハリーたち以上にこの「セブルス・スネイプ」が心に響きまくる理由にも触れたいと思います。
ネタバレ含みますので(某TBSドラマで思いっきりネタバレしてたので、こだわることもないと思いつつ、やっぱり初見の驚きが捨て難い。笑)、絶対見たくないぞ、という人は、別の記事へ行きましょう!
▪️原作をもう一度。子どもの頃とは違った世界が広がります。
ハリー・ポッターのセブルス・スネイプはどんな人?

第1巻「賢者の石」から登場するセブルス・スネイプ。
どんな人物かは、多くの人が同じ印象を持っているはず。
ラスト直前まで「嫌な先生」を貫く
ラスト直前まで、一貫して「超嫌なやつ」です。笑
子ども心に、本当に大っ嫌い。こんなねちっこいやついるんか…と、ハリーと一緒になって大嫌いでした。
ハリーが好きなもの、好きな時間をことごとく奪っていくので、ハリーと感情をともにしていた‥というかんじでしょうか。
その後、もっと嫌な奴も出てくるので、嫌な奴ランキングはちょっと下がります。
ですが、人の一番つかれたくないところに土足で踏み込んできて、ねちねちとほっそい針で何回も突いてくるような、そんな嫌な奴でした。
それがラストでガラッと変わる。
ただ、よくよく読んでいくと、本当は「もっと前から」じわじわとちらほらと違う姿が見えていました。
スネイプはまだホグワーツの生徒だった頃、ハリーの父親であるジェームズ・ポッターに思いっきり嫌がらせを受けていました。
嫌がらせというか、いじめというか。すっきりした喧嘩とはちょっと違った。
ハリーは、それを知った時、ダドリーたちにいじめられていた自分自身を重ねるように、スネイプに同情に似た思いを抱きました。
でも結局、その思いはすぐに消えて、やっぱりあいつは嫌な奴、になってしまった。
シリウスに対して嫌なことを言ったり、ルーピン先生を追いやったり。
あまりに多くの「嫌な奴」エピソードがありすぎて、本当はどうだったのかを考える前に、「いや、そうは言っても」みたいに目が塞がってしまったような感じでしょうか。
面白いもので、人は一度「嫌い」「嫌な奴」と思い込むと、簡単にはその気持ちを曲げられない。
だから、最後の最後まで、ハリーと一緒に読者である私たちの目も塞がり続け、自分たちが見たいようにスネイプのことを見続けます。
(それを決定づけてしまうような「事実」もありましたしね。不可抗力だとしても)
ハリーの記憶の中に埋もれた「スネイプ」の真実

私たち読者はハリーと一緒に、最後の最後で、スネイプの記憶を通して、実はスネイプがハリーをずっと守り続けてきたことを知ります。
むしろハリー以外のホグワーツの生徒まで守ろうとしていた。
同時に、ハリーの母親であるリリー・ポッターへの強い愛も。
ですが、このシーンの面白いところは、そんなスネイプの二重スパイよりも、強い愛よりも、ハリーを待ち受ける運命の方がよっぽど重要に見えるように描かれていることです。
もはや複雑怪奇とも言えるスネイプの感情を推し量る以上に、目の前に敷かれたハリーの運命のレールの方が一大事。
だから、このときハリーはこの記憶から見えた「スネイプ」について、何かを思ったりすることはありません。
あまりにも、今この瞬間に理解するにはわからないことだから。
のちに、「呪いの子」で自身の息子に「セブルス」の名前をつけた理由を語りますが、そこまで、ハリーも誰も触れることはない。
ハリーの記憶の中だけに、スネイプの真実は埋もれていきます。
▪️スネイプの心がこぼれた瞬間は、あの名場面ではなかったかもしれません。
報われなった?誰よりも強く、愛そのものを生きたスネイプ

ハリーがどう受け止めたかが描かれなかったことで、この記憶のシーンを見せられただけでは、なんだかとってもかわいそうな人、切ない人に見えてしまう。
スネイプを検索すると「報われない愛」が出てくるくらい、かわいそう、気の毒、切ないみたいなイメージが強いですよね。
でも、本当にそうでしょうか?
お節介な周りが、そう言ってるだけで、本当は違ったんじゃないか。
埋もれてしまった真実を掘り返してみましょう。
状況はとんでもない(精神崩壊しそう)
ものすごく簡単にいうと、スネイプは、ダンブルドアが送り込んだヴォルデモート側へのスパイでした。
でも、ヴォルデモートもスネイプのことを自分が送り込んだスパイだと思っていた。
なので「二重スパイ」だった。
ですが彼の置かれた状況の厳しさは、そこではありません。
大嫌いなやつの「息子」であるということ。(しかも、スネイプにとっては「ジェームズに」そっくりに映ってる)
もしかしたらようやくたち切ったかもしれない、自分をいじめ、見下して、馬鹿にした憎むべき男。
そして大切なリリーを自分から奪っていった男。
スネイプがリリーに抱いていた気持ちが「恋」だとしたら、実らない恋だった。それどころか最も嫌いなやつを、最も愛する人が選んでしまった。
最悪ですね。
そして、「そんなやつの」子どもを守らなければいけない。
一方で、ハリーはリリーの息子でもある。
なりふり構わず「リリーを助けてくれ」とダンブルドアに請うくらい、全てを捧げてもなんの迷いもないくらい愛した人の子どもでもある。
改めてあのシーンを見ると、なんだかもう、愚かで自分勝手な若者の象徴みたいな感じでしたが。
それだけに、その自分が正しいと思い込んできた若者が、どれほどの決意を持って、ダンブルドアに頼ったかが伝わってきます。
それなのに。リリーはこの世を去ってしまった。
その引き金の1つを引いたのは、他ならぬ自分でした。
さぁ、普通なら精神崩壊です。
後悔なのか、贖罪なのか。怨みなのか。絶望なのか。
悲しいほどに、渦巻く感情の嵐の中で、ダンブルドアは「ハリーを守れ」と言う。
改めて読み返すと、ダンブルドアはなかなかに非情にみえます。
スネイプは、「リリーのために」ハリーを守ることを誓います。
リリーのために。
リリーが護ろうとしたものを、護るために生きる。
そう誓った時、荒れた海がすっと凪ぐように、全てを飲み込んだ愛の光が、彼の真ん中に静かに灯った。
その灯りを灯し続けることで、スネイプはリリーのいない真っ暗な世界を生き抜いたのではないでしょうか。
その気持ちは、愛する人に届くことはなく、周りの誰からも気づかれることはない。
でももう、それでいい。
スネイプの愛は、どこまでもリリーのものであって、リリーだけのものであって、いくらその息子であってもハリーへの愛には変わらなかった。
むしろ、ジェームズへの憎しみを生かしたまま、リリーの願いのためだけに生きた。
お腹の底にリリーへの想いを明るく灯して、ハリーにリリーを奪った恨みと、なぜかジェームズへの恨みまでぶつけて、かつてのいじめっ子に、一矢報いて。
やりたい放題です。笑
真っ直ぐで強い2つの思いは、結局最後まで交わることはなかったので、聖人君主とか広い愛を持った人とは言えないですよね。
でも。
とっても人間臭い。
そして、切なくてもどかしい。
その相反する想いこそが、スネイプ自身を支え続けたようにも思えます。
▪️「永遠に」の名場面も今なら変わって見えるかもしれません
過ちを強い後悔として心に刻み続けた
この記事を書こうとして、改めて最終巻のシーンを読み返して目に止まった場面があります。
スネイプがホグワーツの校長になってから、肖像画の「フィニアス・ナイジェラス」が、ハーマイオニーを「穢れた血」と呼びます。
それに対して、スネイプが怒りを露わにする。
読み飛ばしていたシーン。なんなら「ハーマイオニー」をそんな風に呼ぶな、という単純な受け止め方しかしていませんでした。
でも、「穢れた血」は、スネイプがリリーに言ってしまった取り返しのつかない一言でした。
謝っても許してもらえなかった。
そして、許してもらえないまま、もう、謝り続けることもできなくなってしまった。
大切な人を失ってしまったその一言を、スネイプは心に刻みつけてきたのだと分かるシーンです。
最終巻「永遠に」は本当に愛の告白?
スネイプの記憶の中で、ダンブルドアとスネイプが話す最終巻のあの場面もまた、違って見えてきます。
ハリーが憂いの篩で見た、スネイプの記憶。
ハリーを待ち受ける運命を知ったスネイプに、ダンブルドアは「ついに、ハリーに気持ちが移ったのか?」と尋ねます。(少し嬉しそうに)
「ハリーのことを愛するようになっていったんでしょ、なんだかんだ言って」という意味ですよね。
でも。
返ってきた答えは、ダンブルドアの想像を超えていました。
スネイプは「彼に?」と応える。
ここのトーンは、英語版のオーディブルで聴くと、怒ってる。…というかほぼブチギレてるんです。
驚くダンブルドアに、とどめの一撃で、「always」と応える。
日本語だと、もっと静かな場面のイメージです。スネイプの「彼に?」という言葉もどれだけ大げさに見ても皮肉レベルです。
そこへ「永遠に」とくると、もう紛れもなく静かな愛の告白ですね。
でも。
もしかしたら、その奥にあるものは違っていたのかもしれなくて。
いつも心の真ん中にある灯りが、リリーへの想いそのもので。
彼の生きてきた時間そのもので。
いつもここにある、なんてこと以上に、「それがなかったら自分はいないよ」くらいの。
よく考えたらそうなんです。
「for lily」で生きてきたのに、「for him」なんて。
彼の人生そのものの否定です。
彼の「for」はリリーだけのもの。
そして彼そのものだから。
報われない、って外野からの勝手な感情なんですよね。
だってもう、リリーはいない。
絶対に、想いが届くことはない。
でも、生きていくと決めたから。リリーのために。
愛してもらうこともできず、むしろ、嫌われたまま。
それでもリリーへの愛を生きたスネイプは、報われなかったのでしょうか?無償の愛だったのでしょうか?
なんだかどれも違う気がします。
スネイプは、自分自身のためにリリーを愛し、自分自身のためにリリーへの愛を生きたんだ。
それはそれは、とんでもなく自分勝手に。
▪️スネイプを動かし続けたリリーへの想い。私たちはどのくらい「本当のリリー」を知っているでしょうか。
▪️大人になったからこそ響くのかもしれません
まとめ

「呪いの子」のラストシーンで、大人になったハリーは、スネイプとダンブルドアについてこう語ります。
二人は偉大な人だったし、欠点も大きかった。そして、いいかな、--欠点がこの二人を偉大にしたとさえいえる
過ちを抱え、強い後悔を抱え、大切なものを失ってもなお、前を向いて生きようとしたセブルス・スネイプ。
子どもの頃には、「はて、かわいそうに」くらいだったかもしれない。
大人げない、だったかもしれません。
でも、大人が思ったほど大人でないことを、私たち大人はよく知っている。
そんな気持ちをハリーのこの一言が語ってくれているように思えます。
こうやって物語を見てみると、やはりハリーポッターは子どものための物語ではなさそうです。
意地悪で思いっきり悪役の先生が、実は正義のヒーローで、しかもその根っこは「純愛」だった。
そのまっすぐな愛と、一番いい部分を誰にも知られず命を閉じてしまったことが、なんとも切ない…報われない愛だと苦しくなる。
聖人だった。いい人だったと決めつけかけて、もう一度立ち止まると、後悔や贖罪、嫉妬や絶望。綺麗な色をした愛とはちょっと違ったものが見えてくる。
リリーがいないという事実をまっすぐに受け止めて、それでも生きるために、その複雑で深い色の灯りを燃やし続けたて、消えていった‥
セブルス・スネイプを、あなたはどう受け止めますか?
▪️大人になると、子どもの頃には見えなかった、登場人物の弱さや強さが見えてきます。
▪️時間がない大人に‥
▪️それはきっと、全てを見透かしたような目をしたダンブルドアすら、見透せなかった思いでした。
▪️子どもの頃には気づかなかった、大人になった今だからこそ気づく、登場人物たちのこころを探してみませんか?
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